綺麗になりたい大学生ひよこ🐣のブログ

【谷崎潤一郎『刺青』】研究編I

有名な日本文学の面白さを伝えられたら、と思う文学部生ひよこです🐣

〈研究編I〉では〈優しい解釈編〉に続き、10分ほどで読める短編、谷崎潤一郎の『刺青』を紹介します。  

↓〈優しい解釈篇〉

www.hiyoko.work

 〈研究編〉は、すでに『刺青』を読み込んでいる方も面白く読んでいただけると思います!このブログがきっかけで色々な解釈を話し合えたら嬉しいです☺️✨

文学部のひよこがじっくり考察した〈研究編〉、是非お楽しみください😊

f:id:bikatutyuu:20190111204250j:image

また、〈研究編〉は実際に本を読んでいただいた方が絶対に面白いです!ページ数をつけて引用もしているので、本を並べて読んでいただけると分かりやすいと思います✨

 

谷崎潤一郎の名前は聞いたことがあるという方も、誰それ?🤤という方も、1作品知っておくのはいかがですか?✨そんな方は〈優しい解釈編〉から読まれることをおすすめします!

〈優しい解釈編〉を読んでくださった方は、目次から先行研究を用いた谷崎潤一郎『刺青』の考察へ飛んでいただいても大丈夫です✨ですが〈優しい解釈編〉と全く同じものを書いているわけではないので、読んでいただいても新しい気づきがあると思います🌈

作中人物の整理

〈清吉〉

江戸の刺青師。

若いながら名手ともてはやされる腕利き。

物語は清吉の目線で進む。

〈女(娘)〉

清吉が求めていた、女の中の女。

清吉が刺青を施す。

〈辰巳の芸者〉

深川芸者。

清吉のなじみであり、〈女(娘)〉を使いとして清吉のもとへ連れて来る。
 

出来事の時系列を中心にした作品概略

刺青師清吉には、光輝あるある美女の肌を得て、それへ己の魂を彫り込むという年来の宿願があった。

彼の心に適った女を捜し続けた四年目の夏の夕べ、駕籠からこぼれた白い足を目にし、その持ち主こそ探し続けた女であることを確信するが、駕籠はいず方ともなく去ってしまう。

翌年の春半ば、偶然駕籠に乗っていた娘が彼の家を訪ねてきた。清吉は娘に二本の巻物の絵を見せ、「これはお前の未来を絵にしたものだ」と告げる。

絵は今しも刑に処せられんとする生贄の男を眺める暴君紂王の寵妃末喜を描いたものと「肥料」と題する若い女が桜の幹へ身を寄せて、足下の男たちの死骸を見つめている図柄であった。

絵の女の性分を持っていることを告白し、絵を恐れて見ようとしない娘に、清吉は麻酔を嗅がせ、一昼夜をかけて娘の背中一杯に女郎蜘蛛の彫り物を仕上げる。それは清吉の魂と全生命を注ぎ込んだものであった。

眠りから醒めた娘には臆病なところは微塵もなくなり、清吉に向かって「お前さんは真っ先に私の肥料になったんだねえ」と言い放つ。

帰る前になってもう一度刺青を見せてくれと頼む清吉の願いに応えて肌を脱いだ娘の背中は、折からの朝日を受けて燦爛と輝いた。

(『別冊国文学谷崎潤一郎必携』二〇〇一年一一月一〇日)

 

先行研究を用いた谷崎潤一郎『刺青』の考察(考察一~七)

考察内の「」内は本文の引用、()内は(頁・行)です。

先行研究

① 永井荷風

「谷崎潤一郎氏の作品」

(『三田文学』一九一一年一一月一一日)
藤森猛

「「羅生門」試論(上):谷崎潤一郎「刺青」に注目して」

(『近代文学試論』一九九四年一二月二五日)

③吉美顕

「谷崎における反転する女人の身体:時代別の推移をめぐって」

(『Comparatio』二〇〇一年三月二〇日)

④小野友道

「谷崎の「刺青」:皮膚から肌への一瞬(いれずみ物語:1)」

(『大塚薬報』612:65―67二〇〇六年一月十五日)

⑤石割透

「皮膚の〈図解学〉:谷崎潤一郎『刺青』」

(『駒沢日本文化1』二〇〇七年一二月)

 

考察一【刺青を刺った前後の変化】

    背中を〈刺青〉を刺された娘は「欄干に凭れ」、刺青師清吉に「親方、私はもう今迄のやうな臆病な心を、さらりと捨ててしまいました。―お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ。」と「凱旋の声を響かせ」る。

    「帰る前にもう一遍、その刺青を見せてくれ」と嘆願する彼に、彼女は「頷いて肌を脱」ぎ、「朝日が刺青の面にさ」す中で、背中に暴力的に刺青を刺った清吉と娘の関係は、刺青の完成と引き換えに逆転し、そうした彼女の変身こそ彼にとって刺青師との力量を保証することになった。

(石割透「皮膚の〈図解学〉:谷崎潤一郎『刺青』」(『駒沢日本文化1』二〇〇七年一二月))

🐣→刺青は娘に内在していた、巻物(12・9)に描かれたような女を象徴し、そのような刺青を刺った後に内在していた本性が娘の態度に見て取れるようになったと考える。

 

    地の分の、女(娘)に対する表記が「娘」(16・17)から「女」(17・4)へと変わっている。

🐣→この「娘」から「女」への変化の直後に「昨日とは打って変わった女の態度に、清吉は一と方ならず驚いたが」(17・5)とあることから、ここで清吉がはっきりと女(娘)の変化を認識したと考える。

 

考察二【何故「女郎蜘蛛」なのか】

    清吉のもくろみは、怪しげな毒気を秘め、人を誑かす〈蜘蛛〉の持つ妖気を彼女に乗り移らせることにあったろう。

 「明星」派の蝶に対する関心は、一九〇〇年代後半まで持続するが、自由恋愛に対する、甘美な憧憬と夢想、恋愛を青春の所産とするような、暗喩的な表現は異性愛における重要な課題を先送りにしようとする限界が認められるのである。(ここで言う課題とは、何をもって〈恋愛〉とするか、である)

(石割透「皮膚の〈図解学〉:谷崎潤一郎『刺青』」(『駒沢日本文化1』二〇〇七年一二月))

 🐣→娘の本性に重ねた表現だと考えられる。また、〈蜘蛛〉と対照的なイメージを持つ〈蝶〉を構図とし、異性愛を漠然と夢想する「明星」的な雰囲気(自然主義)に対する批判だと考えられる。

 

最後に

皆さんお疲れ様です!😳ここまでお読みいただきありがとうございました✨長くなってしまったので続きはまた〈研究編II〉で書きます😊

〈研究編II〉では〈研究編I〉であげなかった新しい視点で谷崎潤一郎の『刺青』を読み解いていくので、一緒に楽しんでいただけると嬉しいです☺️

文章に浸ることで心を満たし、読了後空っぽに。その時、自分の中に残ったあやふやな感覚が美しいなと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました✨

ひよこ🐣

 

ひよこが読んだ(底本として用いた)のは、

『谷崎潤一郎全集第一巻』(一九八一年五月)です。